
自動車、航空宇宙、エネルギーなど、さまざまな業界で組込みシステムの複雑性が増す中、高信頼なテスト手法の重要性はますます高まっています。その中でも、HIL(Hardware-in-the-Loop)テストは、複雑な制御システムの検証と妥当性確認において非常に有効な手法として注目されています。
実際のハードウェアとシミュレーション環境を組み合わせることで、HILテストはさまざまなシナリオ下でのシステム挙動を安全かつ低コストで評価可能にします。
この記事では、HILテストの基本から仕組み、主要構成要素、そして現代の開発プロセスにおける価値について詳しく解説します。
HILテストとは?
HILテストの定義
HIL(Hardware-in-the-Loop)テストとは、組込み制御システムのテスト手法のひとつで、実際のハードウェアと制御対象のリアルタイムシミュレーションとを接続して行います。
この方法により、ソフトウェアとハードウェアが仮想的な物理環境と相互作用するループを構成し、実機をすべて揃えることなく、現実に近い条件下でハードウェアの動作を検証できます。
開発ライフサイクルにおけるHILの位置づけ
HILテストは、一般的にV字モデルに基づく開発プロセスの後半、Model-in-the-Loop(MIL)テストやSoftware-in-the-Loop(SIL)テストの後に実施されます。
MILやSILが主にソフトウェアをシミュレーション環境で検証するのに対し、HILは実機ハードウェアを取り入れることで、実際の制御システム全体を現実に近い環境で検証することができます。
MIL・SILとの比較
- Model-in-the-Loop(MIL):コーディング前に、制御アルゴリズムをシミュレーションモデルで検証します。
- Software-in-the-Loop(SIL):コンパイル済みのコードをシミュレーション上で動作させ、ソフトウェアの挙動を評価します。
- Hardware-in-the-Loop(HIL):実際のハードウェアをシミュレーションに組み込むことで、システム全体の妥当性を検証染ます。
このような段階的な検証を行うことで、実環境での導入前にシステムの信頼性を高めることが可能になります。
HILテストの主要構成要素
HIL(Hardware-in-the-Loop)システムは、組込みシステムのシミュレーション・テスト・監視を行うために、複数の重要な構成要素で構成されています。
実機ハードウェア(DUT:被試験装置)
DUT(Device Under Test)とは、テスト対象となる組込みコントローラーや電子制御ユニット(ECU)、システムのことです。これは、最終的に実際の物理システム内で動作する「頭脳」に相当します。例えば、自動車のエンジン制御ユニット、ドローンの飛行制御装置、産業用プラントのPLC(プログラマブルロジックコントローラー)などが該当します。
HILにおける役割
HIL環境では、DUTはあたかも実際の用途で動作しているかのように振る舞います。HILシステムから送られるセンサ入力(シミュレート)を受け取り、制御出力を返すことで、シミュレーションモデルとリアルタイムで双方向にやり取りします。これにより、さまざまな状況下でDUTのソフトウェア・ハードウェア・全体挙動を評価できます。
シミュレーションモデル
シミュレーションモデルは、DUTが本来相互作用するはずの物理的構成要素や環境を数式化したモデルです。エンジンやアクチュエーター、車両ダイナミクスなどの機械系、バッテリーやモーターなどの電気系、油圧系、さらには温度や気圧、路面状況といった環境要因も含まれます。
HILにおける役割
これらのモデルは、HILプラットフォーム上でリアルタイムに実行され、DUTに対して現実に近いフィードバックを提供します。例えば、DUTがエンジン制御ユニットであれば、スロットル制御・燃料噴射・点火タイミングに対するエンジンの応答をモデルが再現し、回転数(RPM)、温度、排出ガスデータなどをDUTに返します。こうしてDUTとシミュレーションモデルが相互に影響を与える「クローズドループ」が構築されます。
HILテストプラットフォーム
HILテストプラットフォームは、シミュレーションモデルの実行とテスト全体の管理を行う中核インフラです。高性能リアルタイムコンピューター、専用I/Oハードウェア、そして高度なソフトウェア環境で構成されます。
構成要素と役割
- リアルタイムプロセッサ:シミュレーションモデルを決定論的かつ高速に実行し、DUTと遅延なくやり取りできるようにします。
- リアルタイムOS(RTOS):高精度なタイミング制御を実現し、シミュレーションや通信の正確性を確保します。
シミュレーションソフトウェア/ツール:dSPACEシステム、NI VeriStand、Simulink Real-Time対応のSpeedgoatなどのツールはモデルの開発・実行・可視化・データロギング・テスト管理を行う環境を提供します。 - テスト自動化ソフトウェア:テストシーケンスのスクリプト化・自動化を可能にし、リグレッションテストや広範な検証作業を効率化します。
HILテストケース
テストケースは、DUTの性能・機能・堅牢性を系統的に評価するために設計されたシナリオや手順の集合です。入力条件・期待される出力や動作・テスト環境条件などがあらかじめ定義されています。
HILにおける役割
HILシミュレーションはこれらのテストケースに基づいて実行されます。主なテストケースには次のようなものがあります。
- 通常動作: 一般的な運用環境下での基本機能を確認します。
- 限界条件: システムを仕様の限界まで動作させて挙動を確認します。
- フォールトインジェクション: 故障状態(例:センサ異常、通信エラー、短絡など)を意図的にシミュレートし、DUTの診断・フェイルセーフ機能を検証します。
※ 実機での故障再現が危険・困難な場合でも安全にテスト可能な点がHILの大きな利点です。 - 性能テスト:応答速度、制御ループの安定性、リソース消費などの定量評価します。
通信・I/Oインターフェース
これは、DUTとHILプラットフォーム間で情報をやり取りするための物理的および論理的な経路です。実際のアプリケーションで使用される信号や通信プロトコルを正確に再現する必要があります。
主な種類と役割
- アナログ信号:温度・圧力・電圧などのセンサ入力を再現します。
- デジタル信号: オン/オフ状態、スイッチ入力、ステータス・指標を表します。
- PWM(パルス幅変調):モーターやアクチュエーターの制御、ライトの明るさ調整などに使用されます。
- 通信バス:自動車・航空・産業分野で用いられるCAN、LIN、Ethernet、FlexRay、ARINC 429などのプロトコルを再現します。
HILテストプロセスの仕組みとは?
HILテストは、組み込み制御システムを検証するための体系的なアプローチです。仮想環境の構築からテストの実行、結果の分析に至るまで、いくつかの重要なステージで構成されています。
シミュレーションモデルの開発(仮想環境の構築)
このステップでは、コントローラ(DUT)が関わる物理システムや環境を数学的に表現した「プラントモデル」を構築します。モデルには、機械部品の動的挙動、電気コンポーネント、センサー、アクチュエーター、さらには環境要因(温度、圧力など)が含まれます。
方法:
MATLAB/SimulinkなどのツールやHIL専用のモデリングソフトを使用してモデルを作成します。現実世界のシステムと同様の反応を再現できるよう設計されます。
重要性:
このモデルはHILシミュレータ上で実行され、DUTにとっての「仮想現実」となります。モデルの精度はHILテストの信頼性を大きく左右します。
実ハードウェアとの統合(DUTとの接続)
シミュレーションモデルをリアルタイムターゲットマシンに展開した後、実際の組み込みコントローラ(例:車載ECU、ドローンのフライトコントローラ)をHILシミュレータに接続します。
方法:
接続はI/Oインターフェース(アナログ信号、デジタル信号、CAN、LIN、Ethernetなど)を通じて行います。HILシステムは、現実のセンサーからの信号を模倣した出力を送り、DUTからのアクチュエーター駆動信号を受信します。
重要性:
この段階で、DUTは実際の物理システムにあるかのように仮想環境とインタラクションします。I/Oの再現性と精度は非常に重要です。
テストケースの実行(システム検証)
DUTが接続され、シミュレーションモデルが動作している状態で、事前に定義されたテストケースを実行します。これらはシステム要件、機能仕様、故障モードに基づいて設計されます。
方法:
例えば、アクセルペダル操作のシミュレーションやセンサー故障の注入などの刺激をHILからDUTに送信し、その応答を観察します。テストは自動化され、HILプラットフォームによって制御・監視されます。
重要性:
このプロセスを通じて、DUTのロジック、パフォーマンス、堅牢性が期待通りに動作するかを検証します。
リアルタイムのデータ交換(継続的な対話)
HILシミュレータ(仮想の環境)と実ハードウェア(DUT)の間では、連続的かつ双方向のデータ交換がリアルタイムで行われます。
方法:
シミュレータはセンサー出力や通信バスメッセージなどをDUTに送り、DUTはアクチュエーターコマンドなどの制御信号をシミュレータに返します。シミュレータはこの信号をもとにプラントモデルを更新します。
重要性:
このループは遅延やタイミングのずれなく実行される必要があります。非決定的な遅延があると、現実の挙動を正確に模擬できず、テスト結果が無効になる恐れがあります。
シナリオテストとデータロギング(網羅的な検証と記録)
単一のテストケースにとどまらず、HILでは複雑なシナリオテストが可能です。これには通常動作、限界状態(極端な温度や低電圧)、フォールトインジェクション(センサー断線や短絡などの模擬)が含まれます。
データロギング:
テスト中にすべての関連データ(DUTへの入力、出力、内部状態、シミュレーション変数、タイムスタンプなど)が詳細に記録されます。
重要性:
広範な条件下での動作を検証できるシナリオテストにより、DUTの信頼性を評価できます。ロギングデータは、テスト結果の分析、不具合の原因特定、レポート作成、認証取得に不可欠です。
HILテストが重要な理由とは?
HILテストは、現代の組込みシステム開発において欠かせない検証手法となっています。その重要性は、品質向上、コスト削減、開発スピードの加速、安全性向上といった複数の要素に起因します。以下に、HILテストがなぜ重要なのかを詳しく解説します。
問題の早期発見
HILテストを用いることで、物理的な制御対象(プラント)がまだ完成していない段階でも、制御装置(コントローラ)の検証を始めることが可能です。この「シフト・レフト」アプローチにより、ソフトウェアのバグ、統合ミス、設計上の欠陥を開発初期に発見し、修正することができます。問題を早期に修正することで、後工程や製品出荷後に発生する高コストな対応を回避できます。
コストと時間の削減
HILテストは、高価で入手が困難、かつ破損のリスクがある物理プロトタイプへの依存を減らすことで、開発コストを大幅に削減します。また、未検証のソフトウェアによる機器損傷のリスクも回避できます。さらに、HILテストは自動化が可能で、24時間無人でのテスト運用ができるため、検証スピードが飛躍的に向上し、製品の市場投入までの期間を短縮します。
安全性の向上
自動車、航空宇宙、医療機器など、安全性が極めて重要な分野では、HILテストの利点がより顕著になります。センサ故障や部品の誤作動、緊急時対応といった危険なシナリオも、仮想環境上で安全にテストできます。これにより、高価な設備や人命を危険にさらすことなく、想定外の状況下での動作確認が可能となります。
テストカバレッジと再現性の向上
- カバレッジの拡大: HILテストでは、現実では再現が困難な多様な動作条件、入力バリエーション、環境要因、故障シナリオなどを仮想的に再現できます。これにより、より広範囲で網羅的な検証が可能です。
- 再現性の確保: HILテスト環境は制御された決定論的な挙動を提供するため、毎回同一条件下でテストを繰り返すことができます。これにより、バグの再現やデバッグ、リグレッションテストの信頼性が大幅に向上します。
スケーラビリティと柔軟性
HILテストシステムは、単一の部品・サブシステムから、複数のECUやサブシステムが連携する複雑なシステムまで、幅広いスケールで対応可能です。プロジェクトの要件や開発フェーズに応じて、必要な精度や構成を柔軟に調整できるため、様々な産業や用途での利用に適しています。
継続的インテグレーション(CI)/継続的開発(CD)を支援
HILテストは、アジャイル開発やCI/CDパイプラインにも容易に組み込むことができます。コードのコミットや新しいビルドが生成されるたびに、自動HILテストがトリガーされ、迅速なフィードバックが得られます。これにより、早期に不具合を検出し、ソフトウェアの品質と安定性を維持しながら、開発の効率性と信頼性を向上させることが可能になります。
HILテストに関わる関係者とは?
HILテストは、複数の専門職が連携して進めるプロセスです。それぞれの役割が連携することで、信頼性の高いテスト結果と開発の効率化が実現されます。
- システムエンジニア:システム要件やアーキテクチャの定義を担当
- シミュレーションエンジニア:精度の高いシミュレーションモデルの構築
- ソフトウェア開発者:ハードウェアインターフェースとの統合とコードの実装
- テストエンジニア:テストシナリオの設計と実行
- プロジェクトマネージャー・QAリーダー:品質基準やスケジュールの達成を管理
各役割が連携することで、HILテストは確実性と実用性のある成果をもたらします。
HILテストを効果的に導入・スケーラブルに実行するため、日本企業の多くは、ソフトウェアテストを専門とする会社との連携を強化しています。このアプローチには人材不足の解消、コスト競争力のある人材の確保、高度な技術力の活用どの利点があります。
特にベトナムのIT企業は、政府による税制優遇などの支援により、コスト効率と高品質を両立したテストサービスを実現しています。このようなパートナーとの協業は、プロジェクトの品質向上だけでなく、長期的なコスト削減や柔軟なリソース運用にもつながります。
幅広い業界で活用されるHILテスト
HILテストは、組込みシステムが重要な役割を果たす多くの業界で導入されています。
- 自動車業界:ECU(エンジン制御ユニット)、ADAS(先進運転支援システム)、電動車両制御
- 航空宇宙:アビオニクス、フライトコントロール、オートパイロットソフトウェア
エネルギー:バッテリー管理、スマートグリッド、インバータ制御 - 鉄道:列車制御・監視システム
- 産業オートメーション:PLC制御、産業用ロボット
- 防衛分野:ミサイル制御、無人機、セキュア通信システム
これらの分野では、HILテストが安全性確保、規制遵守、技術革新の推進に貢献しています。
業界知識と専門性がプロジェクト成功の鍵
これらの産業ごとに異なるドメイン特化の知識と経験が求められます。ですが、すべての企業がこの専門性をすぐに内製化できるわけではありません。
だからこそ、ソフトウェアテストの専門家と連携することが、戦略的かつ実践的な解決策となります。業界特化の経験を持つパートナーは、複雑な要件を迅速に理解し、プロジェクトの成功へと導く力を持っています。
ベトナム初の独立系ソフトウェアテスト会社、LQA
LQA(Lotus Quality Assurance)は、ベトナム初の独立系ソフトウェアテスト企業として、数々の受賞歴と成功事例に裏付けられた実績を誇ります。組込みソフトウェアのテストプロジェクトをご検討中の方は、ぜひLQAまでお気軽にご相談ください!
よくある質問(FAQs)
HILテストとは何ですか?
HILテスト(Hardware-in-the-Loop テスト)とは、実際のハードウェアと仮想のシミュレーション環境を組み合わせて、組込み制御システムを検証するテスト手法です。シミュレーション技術とリアルなハードウェアを組み合わせることで、安全性・信頼性・開発効率を大幅に向上させることができます。
MIL、SIL、HILのテストの違いは?
- MIL(Model-in-the-Loop)テスト:制御モデルをテストします。
- SIL(Software-in-the-Loop)テスト:コンパイルされたソフトウェアをテストします。
- HIL(Hardware-in-the-Loop)テスト:リアルタイムシミュレーション環境で実機ハードウェアをテストします。
HILテストは自動化できますか?
できます。多くのHILシステムは、テスト実行の自動化、シナリオの自動生成、データロギングなどの機能に対応しています。
HILテストは大企業だけのものですか?
いいえ。近年ではモジュール構成やオープンソースツールの普及により、中小企業やスタートアップでも導入可能になっています。
まとめ
HILテストは、実際のハードウェアとシミュレーション環境を組み合わせて組込み制御システムを検証する強力な手法です。本手法は、問題の早期発見、安全性の向上、開発コストの削減、アジャイル開発との親和性などのメリットをもたらします。
特に、安全性や高精度、イノベーションが求められる分野において、HILテストは競争力と技術力を維持するための要となります。組込みシステムの複雑化が進む中、HILテストをマスターすることは、今後ますます重要になるでしょう。
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